光州虐殺で権力を握った全斗煥は、憲法の大統領間接選挙条項を維持することで軍部独裁の延長をねらった。南社会は激しく反発し、大学生たちが決起した。催涙弾が飛び交う校門の前で延世大学の李韓烈くんが倒れた。彼の名が1987年6月抗争の起爆剤となった。
*************************************
※この続きは会員になれば閲覧できるようになります。
会員の方は、右か下にある「ログイン」項目にてログインしてください。
会員登録ご希望の方は、「新規会員登録」にてご登録をお願いします。
大変申し訳ございませんが、2013年4月20日までに会員登録をしていただいた方も、再度ご登録をお願いいたします。
パスワードを忘れた場合、「会員パスワード紛失窓口フォーム」をご覧ください。
*************************************