かつての「韓日会談」では文化財返還問題が取り上げられた。会談に先立ち南朝鮮の考古・歴史学者は努力の末、ぼう大な「返還文化財目録」を作成し、日本側に総数4500点の文化財を返還するよう交渉に臨んだ。
しかしその結果と言えば、日本側の一方的主張に押し切られ、返還要求の道を閉ざされた結末で終わった。その原因は当時の朴正煕軍事政権の売国的で卑屈な妥協にあり、それに乗じて国家をあげての文化財略奪という植民地犯罪をあくまで否定し、返還を拒んだ日本政府にある。
当時、日本政府が返還問題に対し、どのような姿勢で臨んだかについて、文部省社会教育局長だった宮地茂が明らかにしている。
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