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〈ウーマン・ヒストリー 28〉母子保健医療の先駆者/韓晨光(上)

近代医学と看護学を学ぶ

韓晨光

1914年「産婆規則」と「看護婦規則」が制定され、免許制度が始まるなど、助産師は植民地期も解放後も女性保健医療専門家として認められ、社会的に重要なポストを占めていた。その先駆者である韓晨光は助産師という専門家でありながら、社会運動家としても活躍した。

韓晨光は02年7月23日、慶尚南道晋州で出まれた。

彼女は8歳からキリスト系女学校普通科に入り、当時としては珍しく早くから正規教育課程を受けた。17年3月には高等科を卒業し、1年間は幼稚園で働き、その後の2年間は母校で教師として教壇に立った。

そんな中、19年、京城で3.1運動が起きた。

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