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〈奪われた朝鮮文化財・なぜ日本に 39〉百済文化の精緻誇る遺物を着服、日本に持ち去る

百済・武寧王陵に匹敵する古墳を盗掘した軽部慈恩

忠清南道・公州にある宋山里古墳群。王や王族を埋葬した7つの古墳が群集している

百済滅亡時の戦乱で遺蹟が破壊され、遺物が戦利品として持ち去られたこともありうるが、これがすべての原因と強調する裏には、公州や扶余一帯に早い時期からの植民者として滞在していた日本人による盗掘行為に蓋をかぶせようとする醜い意図が込められている。解放後、百済の故地で手つかずの古墳から、百済文化の精緻を語る貴重な遺物が続々と出土したが、いずれの古墳も朝鮮総督府や日本人盗掘者が見逃した古墳から発見された。

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