吉貞姫はソウル楽園洞で一男二女の二番目の娘として生まれた。10代の初め父と死別し、祖父の手で育てられた。姉は早くに結婚し新式教育を受けられず、弟は幼くして亡くなったため祖父は貞姫に期待をした。貞姫をヤンジョン小学校に通わせ、1911年からは進明女学校に進学させた。祖母は婚期を逃すだけだと孫の進学に反対した。しかし祖父は「女も新学問を学ばなくてはならない」と孫娘を後押ししたのであった。祖父の教育熱のおかげで新教育を受けることができた貞姫は、医学に関心を持つようになった。当時「新女性」として専門職を持つことを熱望した女子学生たちにとって、教師や医師は朝鮮社会で女性がつける最高の専門職であったからだ。
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