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黒田イズムを受け継ぐ記者たち/「新聞うずみ火」傲慢な権力、差別のシステムに怒りのペン

お元気な頃の黒田清さん

黒田清さんとの出会い

黒田清さんとの最初の出会いは、読売新聞を退社したばかりの頃だった。1988年の8月。気温は33度。その日、奈良の取材先から大阪の黒田さんの事務所に着いたのは、約束時間の直前だった。全身から汗が吹き出す。そんな私に黒田さんは満面の笑顔で「まあ、冷たい麦茶でも一杯どうぞ」とさりげない気配りを。

この日から、交流の輪が格段と広がった。チマ・チョゴリ事件が頻発した時には、在京の記者50人ほどを緊急に集めて、事件について話す機会を設けてくれた。あの時の怒りの激しさと素早い行動力。記者はただ書くのだけではなく、周囲を動かし、社会を変革する力を持たねばと思い知らされた。

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