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〈ルポ〉金剛山歌劇団、巡回公演に同行して/華やかな舞台に滲む汗と涙

2016年12月08日 10:30 文化・歴史

「温かさ」に背中を押され

11月に行われた金剛山歌劇団の巡回公演に同行し、団員たちの素顔に迫った。世代交代が進み、団員のおよそ半分は30歳以下の青年たちだ。華やかな舞台の裏には若き団員たちの人知れない努力や葛藤があった。
(李永徳)

初心に戻り迷いを払拭

長崎から大分へ。歌劇団のバスに揺られながら4時間の道のりを行く。前日に7年ぶりとなる長崎公演を終えた団員たちが移動時間を休息に充てる中、男性舞踊手の朴康夫さん(29、愛知中高卒)はハンドルを握りしめていた。現在、団員3人がバス2台の運転を交代で担当している。

「正直、体力的にはきつい。だけど誰かがやらないといけない」。在籍11年目。歌劇団のために何ができるか自問してきた。「最近、自分が立つべき場所がわかってきた」。朝青歌劇団支部の委員長としても後輩たちに目を配る。

団員たちが一丸となって本番前の仕込みに取りかかる

団員たちが一丸となって本番前の仕込みに取りかかる

公演当日は開演の6時間以上前に会場入り。楽器奏者も歌手も舞踊手も総動員で準備に取り掛かる。機材の搬入や設置から衣装のアイロンがけに至るまで全て自分たちで行う。「何ひとつ怠ってはいけない。仕込みからすでに本番は始まっている」と舞踊手の孫侑加さん(24、大阪朝高卒)は話す。

「入団当初は基礎的な面で怒られてばかり。舞台でもミスを恐れていた」。人知れず何度涙を流したことだろう。その度に同期の仲間と支えあい苦楽を共にしてきた。経験を積み、団員の入れ替わりが進む過程で芽生えた自覚。「作品でも日常生活でも後輩たちを引っ張っていく必要がある」。憧れてきた先輩の背中を追うように言葉を紡ぐ。

孫さんとは幼い頃からの仲で、学生時代から同じ舞踊部に所属した文聖華さん(24、大阪朝高卒)は、団員生活の未来について迷いが生じた時期もあったと打ち明ける。

脳裏によぎったのは人民芸術家である歌劇団の振付家、康秀奈さんの言葉。「たとえ1食減らすことがあっても歌劇団を守らないといけない」。投げ出すのは容易い。しかし初心を見つめ直し踏みとどまった。「統一した祖国で踊る日を描きながら、同胞たちの期待に応え続けていくつもりだ」。

女性同盟の手作り料理は巡回公演の楽しみでもある

女性同盟の手作り料理は巡回公演の楽しみでもある

ツアー中には連日の疲れで体調を崩す団員も少なくない。張り詰めた緊張の糸に弛緩をもたらすのは「同胞の温かさ」だ。楽屋の外には多くの差し入れが並ぶ。また各地女性同盟のオモニたちが手作り料理を準備して笑顔で迎え入れてくれる。若き団員はほとんどが寮生活。「『オモニの味』は心と体を潤してくれる」(孫侑加さん)。

訪れる先々で同胞たちの中へと入っていく。サインを求めてくる愛らしい児童、歌劇団の指導を受けて部活動に励む生徒、笑顔を浮かべオッケチュムを踊る同胞、長年続く厳しい日本の政治、経済状況の中で公演開催へと身を粉にする実行委。団員たちは背中を押され、再び舞台へと向かう。

試練を乗り越えた末に

照明が灯った舞台に楽団の姿が浮かび上がった。

「日本の楽団では舞台上で演奏できる機会なんてほとんどない」。喜びを語るトロンボーン奏者の崔基泰さん(23)は東京朝高卒業後、音楽の専門学校へ。数年前に地域朝青員と共に歌劇団の年末公演で演奏。「他では味わえない朝鮮音楽特有のメロディー」に惹かれ入団を志願した。「次は自分が魅力を伝えたい」。その決意を音色に乗せる。注がれる拍手喝采が思いをさらに強くする。

各地朝青員との交流会で新たな繋がりが築かれている

各地朝青員との交流会で新たな繋がりが築かれている

フィナーレを迎え、緞帳が下りた。ところが団員たちの足は忙しなく動いている。額に汗を流しながら撤収作業へ。息つく暇さえない。作業が終わると何人かは足早に会場を後にした。向かった先は各地朝青員との交流会の場。「公演を観覧できなかった人が、知り合いとなり翌年に会場に足を運んでくれることも。新しい出会いに感謝している」(朴康夫さん)。

小倉幼稚園で行われた小公演で、入団1年目の金弥純さん(21、朝大教育学部音楽科卒)は独唱を任された。以前、とある敬老の集いで独唱を初披露した際は「緊張のあまり記憶がない」と苦笑い。

東北初中の中級部3年時に東日本大震災で被災したが、各地同胞の支援に大きく勇気づけられた。同胞社会に対する「恩返しの気持ち」は決して忘れない。「実力不足で不安に駆られる時もあるけど一日でも早く歌劇団や観客に認めてもらいたい」。

小公演で間近で見る歌劇団に児童、生徒たちは興奮気味

小公演で間近で見る歌劇団に児童、生徒たちは興奮気味

「試練を経てきたからこそ今がある」と振り返るのは、公演でソロパートを受け持つソヘグム奏者の梁聖晞さん(28、大阪朝高卒)。中級部から弦楽器に触れたキャリアの浅さが入団当初からコンプレックスだった。

ターニングポイントは7年目に参加した平壌での光明星節慶祝公演。大舞台でソロに初挑戦。重圧を感じながらも自身の音楽世界と必死に向き合った。今年の「2・16芸術賞」コンクールでは3位に入賞。「支えてくれた人々への感謝の気持ちでいっぱいだ」。

歌劇団の期待と祖国の配慮をひしひしと感じながら期するものがある。「観客の民族心に訴えかけ、希望や憧れの存在になりたい」。伝統継承のバトンをしっかりと握り締めている。

取材を終えて

同行中には何度公演を目にしたことか。しかし回を重ねる毎にさらなる感動が押し寄せた。困難を乗り越え、民族の誇りと芸術人としての気概を抱きながら舞台に立つ団員たち。胸の内を知るほど、汗と涙が滲む演目の数々に心を奪われた。

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