Facebook

SNSで共有

「子どもたちの未来」共に守ろう/「ウリハッキョ市民の会」訪問団

朝鮮学校に対する差別問題解決に向けて取り組む南朝鮮の支援団体、「ウリハッキョと子どもたちを守る市民の会」(以下、「ウリハッキョ市民の会」)のメンバーを中心に構成された訪問団は来日期間中、東京・青山霊園の一角にある「解放運動無名戦士の墓」を訪れ、4.24教育闘争の歴史についてふり返った。

「無名戦士の墓」訪れ

金太一少年と朴柱範先生を偲んで献花

金太一少年と朴柱範先生を偲んで献花

1948年に建立された「解放運動無名戦士の墓」には、日本の解放運動の有名無名戦士と共に、4.24教育闘争時、日本の警官に銃殺された金太一少年(当時16歳)と、闘争の首謀者として投獄され、仮釈放された数時間後に他界した朴柱範先生(当時63歳)も合祀されている。10月29日、この墓を訪ねた訪問団は、金太一少年と朴柱範先生を偲んで献花し、黙祷を捧げた。

その後、在日朝鮮人歴史研究所の呉亨鎮顧問が4・24教育闘争について解説を行った。呉顧問は、「4.24教育闘争は在日同胞の民族教育擁護闘争の歴史上、最も大規模な闘いだった」と強調しながら、当時の体験談を語った。

4.24教育闘争当時10歳だった呉顧問。当時通っていた兵庫県内の朝鮮学校に、ある日突然、米軍憲兵と武装警官が乗り込んできた時のことは、今も鮮明に覚えているとしながら、「教員と子どもたちは教室から追い出された。激しく抵抗した教員、保護者は棍棒で殴され連行された。私たちは泣きながら『先生を返せ!』と叫び続けた」と話した。

呉亨鎮顧問(右)の体験談に聞き入る訪問団メンバー

呉亨鎮顧問(右)の体験談に聞き入る訪問団メンバー

*************************************

※この続きは会員になれば閲覧できるようになります。

 会員の方は、右か下にある「ログイン」項目にてログインしてください。

 会員登録ご希望の方は、「新規会員登録」にてご登録をお願いします。

 大変申し訳ございませんが、2013年4月20日までに会員登録をしていただいた方も、再度ご登録をお願いいたします。

 パスワードを忘れた場合、「会員パスワード紛失窓口フォーム」をご覧ください。

*************************************

로그인(ログイン)