信榮は16、17歳の時、母親から本格的に料理の方法を学び始めた。彼女の母は娘に自身の料理法を教えながら、これを記録として残し、周りの女性たちに伝えなさいとよくいった。その言葉があってから、彼女は料理の調理方法を一つずつ事細かに書きとめていった。
方信榮は1910年、京城貞信女学校を卒業し、光州にある須皮亞女學校で教師として働きはじめ学校を転々としながらも教職生活を熱心に送るのであった。
そんな中なんと信榮は、母校の貞信女学校、家庭科の教員として21年から勤めることとなる。それはまさに、彼女が書き留め続けた料理本のおかげであった。
22歳のころ、独立活動家でもあり教育者であった崔光玉(1879-1910)の熱心な励ましと激励に勇気づけられ方信榮は、若くして「料理製法」という本を完成させた。この本はまさに朝鮮初のレシピ本であったが、現在原本は発見されていない。
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