60歳になる息子が初級部1年生の時から55年間食堂に立ち続けてきた。「昔は朝昼晩の食事と寮で暮らす子どもたちの洗濯までやって、本当に大変だった」。当時、学校に隣接していた総聯職員および学生寮の光荘では、茂原、木更津、大多喜など遠方の子どもたちも生活していた。夫が教育会の会長を務めていた関係で仕事を手伝うことになり「他人の子を預かっているぶんちゃんとしてあげないと」との思いから、自分の子には寂しい思いをさせたと振り返る。
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