07年8月17日、王室写真家であった海岡・金圭鎭 (1868-1933)は退官後「天然堂写真館」を設立した。永久不変で色が変わらないという独特の技術と営業方針で、この写真館は朝鮮を代表するものとなった。
しかし当時、「男女有別」の慣習の中で、一般女性が写真館へ足を運ぶなんて考えも出来なかったし、何よりも男性写真家の前でポーズを取るなんて夢にも見なかった。

李弘敬(生没年未詳)
1921年、京城初の「女性写真館」を開く。1926年、朝鮮で初めて設置された槿花女学校女子写真科の初代講師となる。
そのため写真館に来る女性といえば主に、西洋の人や妓生たちだけであった。
そこで金圭鎭は、1907年女性のための専用写真撮影会場を開設し、女性カメラマンがそこで撮影をするように取り計らった。それは女性が写真家として活動する場が初めて設けられたという事であったが、この施策はあまり人気を巻き起こすものとはならなかった。
そんな時近代文明の代物であった写真を扱う職業カメラマンとして、男性にまったく引けを取らない確かな技術で世に認められた女性がいた。まさにそれが李弘敬 であった。
李弘敬は何よりも、女性だけではなく性別の区別なしで写真を撮り、また焼き付け、修正までできるという事で当時、大きな注目を浴びた。写真の全般的な技術を兼ね備えたカメラマンという点が評価されたのである。
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