朝鮮仏教美術の結晶とも言える石塔、浮屠などの石造遺物の略奪に関する資料は、皆無と言っても過言ではない。それを知る手立ては、日本人学者の論文や著書の文脈から、それと思われる部分を検索し、推量するしかない。
しかし、露骨な略奪を語る例はいくつか残されている。その中で人々に広く知られた悪質きわまりない石塔略奪事件は、当時の明治政府高官だった田中光顕の開城・廃敬天寺多層石塔の略奪未遂事件である。
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