
金璟泰さん
慶尚南道・金海に生まれた。植民地統治下における搾取によって、故郷での生活が立ちゆかなくなり、父は日本に渡って土木労働に従事していた。3歳の時、父を頼ってオモニと共に海を渡り、豊橋で暮らし始めた。
太平洋戦争末期の1944年末から、連合国軍による日本本土への空襲が激化。豊橋も45年6月19日から20日未明にかけてB29による空襲に見舞われ、同年8月7日の豊川空襲では朝鮮人徴用工も働いていた豊川海軍工廠が壊滅した。「B29から焼夷弾が落とされるのをこの目で見た。街は一気に火の手に包まれ、赤く燃え上がった」。その時のことは今も鮮明に覚えている。
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