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〈奪われた朝鮮文化財・なぜ日本に 21〉高句麗、百済からの渡来人が築いた文化の原型

優美な朝鮮石造物は「富の象徴」

法隆寺金堂の壁画残した曇徴

日本人学者らは、日本仏教美術のルーツを探る絶好の研究対象物として石塔に関心を集中し、精力的に「調査」した。また、朝鮮で資産家に成り上がった日本人らは、富の象徴と社会的地位の誇示として、優美な朝鮮石造物を庭に飾ることを羨望した。

仏教が朝鮮から日本に伝来したのは、西暦538年とされている。百済の聖明王が仏像と経典を贈ったことで、仏教が国家宗教として定着し、信仰が急速に広がったという。

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