「韓国併合」の前後の時期、蒐集熱が加熱するにつれ、「店先に並ぶ高麗青磁の数が日増しにだんだん多く」なり、しかも「すぐ誰かが持っていってしまう」ようになったという。
この三宅長策も小山富士夫と同じように「明治44~45年頃(1911年頃)伊藤公がやめられる頃、蒐集が高潮期だった」と証言している。つまり伊藤の統監就任によって日本人盗掘者の後ろ盾が作られ、伊藤博文が率先して蒐集し始めたことにより、盗掘を煽ったのである。
三宅は伊藤の集めぶりを次のように描写している。

金銅弥勒菩薩半跏思惟像(三国時代)
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