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家族ら交わした約束を、北南関係改善の呼び水に/北南離散家族再会

「統一した日にまた会いましょう」

【高城発=金淑美】1年8カ月ぶりとなる北南離散家族・親せきの再会事業が10月20から26日にかけて金剛山で行われた。高位級緊急接触での合意に基いて開催された今回の離散家族再会事業は、北と南が関係改善へ向けて踏み出した第一歩となった。

分断の長期化による変化

「オンニ、もう一度私の名前を呼んでみて」

最終日、リ・スニさん(77、京畿道楊平郡)は、姉のリ・ムンウさん(82、咸鏡南道咸興市)の手をとり、頬を合わせながら、幾度とそう呼びかけていた。

再会に涙する家族

再会に涙する家族

ムンウさんは1943年、家族の食い扶持を減らすため一人咸興市の親せきの家に身を寄せた。やがて祖国解放を迎え、その後数年間は家族の元を度々訪れていたが、朝鮮戦争の勃発によって往来が途絶えた。

ムンウさんとスニさん、弟であるチョンウさん(78)の3姉弟の再会は、実に72年ぶりだった。しかし認知症を患うムンウさんは、やっと会えた姉弟の名をうまく覚えられない。スニさんがムンウさんに繰り返し自分の名を呼ぶよう促していたのは、そのためだ。

「また離ればなれになってしまったら、残るものが何もないじゃない…。せめてオンニの字だけでも持って帰りたいの」

そういってスニさんは、ムンウさんがしたためた手紙を手帳に収めていた。

2泊3日という短い時間を共に過ごした北と南の家族

2泊3日という短い時間を共に過ごした北と南の家族

2000年8月の第1回から数えて20回目となる今回の離散家族再会は、離散家族の高齢化を改めて実感させられるものだった。20日から22日にかけて行われた第1次対面に参加した北側家族の大半が80~85歳の高齢者で、最高齢は88歳だった。夫婦や親子など直系の家族同士の面会は激減し、兄弟や従兄弟、叔父叔母などの3親等の親せきとの再会が高い割合を占めた。実際に、第1次対面で夫婦同士が再会したのは2組だった。分断の長期化によるこうした変化は、離散家族問題の切迫した状況を如実に物語っていた。

6.15共同宣言の発表によって実現した離散家族再会事業は、2008年の李明博政権の発足後、北南の関係悪化や軍事的緊張の影響を受け、延期、中断を繰り返している。

今回、第1次対面(20~22日)で北側の家族96人が南側の家族・親せき389人と再会し、第2次(24~26日)で南側の家族254人が北側の家族・親せき188人と再会を果たしたが、北と南には再会の機を待つ家族らが未だ大勢いる。

2泊3日という短い時間を共に過ごした北と南の家族

2泊3日という短い時間を共に過ごした北と南の家族

統一が合言葉

家族らに与えられた時間は2泊3日。対面できるのはわずか十数時間に過ぎない。60余年、互いの生死もわからず再会を待ち続けた人々とってはあまりに短い。

60余年募りに募った思いを吐き出すように嗚咽する家族、互いの話をしながら写真を見せ合い、懐かしい歌をうたう家族もいれば、交わす会話を探せず沈黙が続く家族らもある。分断の傷は家族ごとに異なる。しかし家族らの間では、「祖国統一」の言葉が合言葉のように繰り返されていた。

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