王建の「訓要十条」にあるように高麗はその全時代を通じて仏教を厚く庇護したがその弊害も少なくはなかった。992年開京に「国子監」を設置し、地方に郷校を設置して儒教を普及したのは6代王成宗(982~997)。崔承老は成宗に28条からなる儒教の振興策を進言し、初めて国を治める学問としての地位を確立した。仏教のような哲学性、宇宙論や存在論を確立するにいたらなかった。その儒学の弱かった点を補う理論研究が進められ宋の朱熹によって体系化された。

世界遺産の開城を視察する日本からの観光団
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