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〈“歴史歪曲”の現場から〉奈良県天理市・柳本飛行場

2015年04月01日 09:00 主要ニュース 文化・歴史

薄皮をはぐように確認した史実/証言が明らかにする強制連行の実態

撤去後、シートで覆われた説明板を前に話す髙野眞幸さん

撤去後、シートで覆われた説明板を前に話す髙野眞幸さん

日本による植民地支配解放から70年の月日が経とうとしている。しかし、再び危うい空気が漂う社会。被害の真相究明や被害者の尊厳の回復はおろか、日本の加害の歴史を歪曲、隠ぺいする動きが拡がりを見せる。日本社会が背を向け、塗り替えようとする史実を直視し、その現場を歩く。

説明板撤去の経過

1995年に設置された説明板には飛行場建設で朝鮮人労働者の強制連行が行われ、「慰安所」が置かれていたとの記載があった。

1995年に設置された説明板には飛行場建設で朝鮮人労働者の強制連行が行われ、「慰安所」が置かれていたとの記載があった。

太平洋戦争末期、現在の奈良県天理市に造成された「大和海軍航空隊大和基地(通称・柳本飛行場)」。1943年秋ごろから始まったとされる建設には、朝鮮人労働者が「強制連行・強制労働」させられ、併設する「慰安所」には朝鮮人女性が連行された。この史実を明記した説明板(写真)が市と市教育委員会の手によって設置されたのは戦後50年にあたる1995年。しかし2014年4月18日、戦後70年を目前にし、説明板は「いわゆる『強制性』の点も含め市及び市教育委員会の公式見解と解される掲示は適当ではない」と設置者の手によって突如撤去された。1970年代から、ほとんど文献が残されていない状況の中、防衛省戦史資料室の資料や関係者、南の強制連行被害者などから聞き取りを行いその史実を明らかにしてきた「奈良県での朝鮮人強制連行等に関わる資料を発掘する会」や「天理市同和教育研究会(当時)」の協力のもと「歴史や人権学習に役立てたい」という市の意向で設けられた説明板だったが、同団体のメンバーが説明板の撤去を知ったのは、「在特会」が5月に実施した奈良市での街頭演説を通じてだった。市は「今後、歴史専門家等による国全体での研究・検証等を見守りたい」とし、「天理・柳本飛行場跡の説明板撤去について考える会」などの「市外活動団体に対し、今後個別の対応を行う予定はない」と話す。


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