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〈続・朝鮮史を駆け抜けた女性たち 64〉死んでも二心は抱かず

2014年07月22日 10:22 文化・歴史

王に抗い夫を追う―都彌の妻

百済 香炉

百済 香炉

信頼のきずな

夫婦の絆の強さを伝える説話は数多くあるが、百済の都彌(トミ)の妻の説話は三国史記に列伝として伝わり、朝鮮王朝時代の女子教育書「三綱行實圖」

や現代の小説、ミュージカルなどにもなりつとに有名である。

百済人都彌は低い家柄であったが人情に篤く義理堅い男で、妻は節度ある美人だと当時有名であったという。その噂が百済第4代王蓋婁(2世紀、ケル)の耳に入ると、王は都彌を宮中に呼び出し彼の妻を供出するよう強要する。たとえ貞節を守るという建前で拒絶するふりをしても、女は暗く密やかなひと気のない所で巧妙に誘惑すれば落ちない者はいないと言い放つのである。

王の傲慢な言葉に都彌は次のように答える。

「人の情は計りかねる所がございます。ですが、我が妻のような者はたとえ死ぬようなことがあっても二心を持つことはないでしょう」(人之情不可測也、而若臣之妻者、雖死無貳者也)

絶対的権力の前でも怯まず妻を擁護する都彌の信頼に、その妻はどう答えたのだろうか。

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