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京都ネット第6回総会での記念講演「日本人遺骨埋葬地調査から見えてくるもの」/水野直樹

“厳しい状況下でもあった日朝の交流”

平安北道方峴で住民から話を聞く水野教授(右)。後ろの建物は日本人避難民が収容された農業倉庫

平安北道方峴で住民から話を聞く水野教授(右)。後ろの建物は日本人避難民が収容された農業倉庫

日本の敗戦から翌年秋までの一年余りの期間に、朝鮮北部にいた40万人ほどの日本人のうち、約3万4千人が死亡するという悲劇が起こった。その遺骨のほとんどはいまも朝鮮各地の墓地・埋葬地に眠っている。

1940年~50年代に厚生省がまとめた資料では、判明した日本人墓地は71箇所とされている。しかし、引き揚げの途中に死亡した場合は、道端などに埋葬されたので、埋葬地は無数にあると言ってよい。

私たちが昨年調査した6カ所の墓地・埋葬地は龍山墓地(平壌市の西郊外)、三合里(平壌市の東郊外)、古茂山(咸鏡北道富寧郡)、富坪(咸鏡南道定平郡)、興徳里(咸鏡南道咸興市興徳地区)、方峴(平安北道亀城市)である。(表参照)

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