義慈王の横暴な仕打ちで父が無念に世を去った後、彼もやはり、国の安全のために働こうとしている矢先に、王の兵卒たちの手によって傷を負い、田舎に下っていた。
だが、黄山の原に侵略者が攻めてきたというので、とても床に臥しているわけにはいかず、別れを悲しんで涙を流す許嫁の慧英を山村に残したまま、昼夜を分かたず馬を走らせてきたのである。
雄に続いて、百済の津々浦々から、真に国を憂う百済の息子たちが階伯を訪ね、死を覚悟して固い誓いを立てた。
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