Facebook

SNSで共有

〈朝鮮歴史人物〉黄山の原で最後を終えた階伯(2)

660年、遂に事件は起きてしまった。唐と手を結んだ新羅軍が百済侵攻を開始した。

慌てふためいた義慈王は、大臣たちを呼んでどうすればよいのか話してみよと迫った。

何人かの大臣が自分の考えを義慈王に言上したが、それが良いことなのか悪いことなのか、彼はまるで見当もつかなかった。まだ酔いが醒めていないせいなのか、さもなければ、あまりにも突然の変乱に気が動転したせいなのか…

つい忠諫したからといって流刑に処した、佐平の興首のことが思い浮かんだ。

*************************************

※この続きは会員になれば閲覧できるようになります。

 会員の方は、右か下にある「ログイン」項目にてログインしてください。

 会員登録ご希望の方は、「新規会員登録」にてご登録をお願いします。

 大変申し訳ございませんが、2013年4月20日までに会員登録をしていただいた方も、再度ご登録をお願いいたします。

 パスワードを忘れた場合、「会員パスワード紛失窓口フォーム」をご覧ください。

*************************************

로그인(ログイン)