660年、遂に事件は起きてしまった。唐と手を結んだ新羅軍が百済侵攻を開始した。
慌てふためいた義慈王は、大臣たちを呼んでどうすればよいのか話してみよと迫った。
何人かの大臣が自分の考えを義慈王に言上したが、それが良いことなのか悪いことなのか、彼はまるで見当もつかなかった。まだ酔いが醒めていないせいなのか、さもなければ、あまりにも突然の変乱に気が動転したせいなのか…
つい忠諫したからといって流刑に処した、佐平の興首のことが思い浮かんだ。
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