「播州平野」に登場する朝鮮人は、解放と帰郷の歓喜に満ちた、ひたすら明るい姿として描かれている。無論それらは解放直後実際に多く見られた事実だったには違いない。だがあくまでも主人公ひろ子の心象内部においてのみ語られているかぎり、そこにはひろ子ないしは作者自身の主情が強く働いていると見なければならない。朝鮮人の歓喜そのものに寄り添いその感情を掘り下げるというよりも、ひろ子自身の喜びを醸すうえで朝鮮人が効果的に配置されたというのが正確だろう。
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