高句麗の東明王には3人の息子がいた。長男の嬬留は高朱蒙が東扶余にいる時、本妻である禮氏から生まれ、次男、三男である沸流と温祚は卒本扶余(句麗)で生まれた。
高朱蒙が高句麗を建て王となって19年になるある日、東扶余から祖母と母親の手で育てられ嬬留が母親と共に父親を訪ねて卒本に現れた。
*************************************
※この続きは会員になれば閲覧できるようになります。
会員の方は、右か下にある「ログイン」項目にてログインしてください。
会員登録ご希望の方は、「新規会員登録」にてご登録をお願いします。
大変申し訳ございませんが、2013年4月20日までに会員登録をしていただいた方も、再度ご登録をお願いいたします。
パスワードを忘れた場合、「会員パスワード紛失窓口フォーム」をご覧ください。
*************************************