
「60万回のトライ」の朴思柔監督はソウル生まれ、ソウル育ち。2002年に来日し、05年には南朝鮮のテレビレポーターとして京都・ウトロ地区や東京朝鮮第2初級学校を取材。記録者としての歴史的使命に目覚め、在日朝鮮人社会や民族教育の現場を取材し、南朝鮮に発信し続けている。
2010年には在日3世の朴敦史さんとコマプレスを結成し、「小さな声、低い視線」をモットーに活動を繰り広げてきた。2011年には東日本大震災で被災したウリハッキョを追った「東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15‐3.20」と続編の「After School」を製作した。
朴監督が、大阪朝高とのつながりを持ち始めたのは2007年の「花園」。当時、大阪府東大阪市がグラウンド明け渡しを求め同校を提訴。裁判の不当性を訴え署名活動を行う同胞や日本市民らの姿が目に入った。その後訪れた大阪朝高では、雨の中で泥まみれになりながら練習に励むラグビー部に感動し、その姿を南朝鮮に発信し大きな反響を呼んだ。
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