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〈朝鮮歴史人物〉高句麗の国力強化に寄与した広開土王(6)

しかし粛慎は、それに止まらず機会があるごとに高句麗に対する侵犯を事とした。

広開土王は、西北方面への進出を計画し、398年に粛慎を征伐した。

広開土王は、高句麗から遠く離れた粛慎に入り大々的な武力示威を行い、その足で加太蘿谷の住民300余人を連行してきた。

その威容に恐れをなした粛慎は、それ以後高句麗に毎年、朝貢するようになった。

粛慎の広い領地は高句麗の所有となり、半世紀の間一度たりとも高句麗の領土を侵犯されることはなかった。その後、粛慎は次第に高句麗に吸収され、隋、唐の侵略を撃退する戦闘にも合流したという。

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