北南の和解と協力の象徴としてスタートした開城工業地区事業が、存続の危機に瀕している。米国と南朝鮮の常軌を逸した合同軍事演習によって朝鮮半島に一触即発の緊張が続く中、南当局は開城工業地区までをも北侵挑発の道具に利用している。それに対処するため朝鮮労働党の金養建書記が8日談話を発表し、「委任により」同地区で働いていた北側従業員を全員撤収させ、事業を暫定中断し、その存廃を検討する旨の重大措置を表明した。ことの推移をQ&Aで見た。
Q. 重大措置はなぜ講じられたのか?
A. 党書記談話以前から北側は再三、緊迫する情勢下で開城工業地区事業が維持されてきた理由について事実をわい曲し、世論をミスリードする南当局に警告を発してきた。
米軍と南朝鮮軍は3月1日からの合同軍事演習に核爆撃機を導入し、それをあえて公開することで挑発レベルを高め続けた。それに対応し北側は停戦協定を白紙化、北南軍通信線を遮断したが、開城工業地区での操業は続けられた。それについて南当局やメディアは「北の外貨収入源」であり「ドル箱」とも言える同事業を手放すはずがないなどと、北側の尊厳を冒とくする論調を繰り返した。
北側は3月30日、同事業を統括する中央特区開発指導総局スポークスマン声明を通じ、「開城工業地区事業の運命」は南当局の態度次第だとする立場を表明。その後も改められない南の言動に対し朝鮮人民軍は3日、南側人員の同地区への通行を遮断する措置を断行した。
これに対し国防部高官らは南側人員の「大規模抑留事態発生」時に「人質救出」のための軍事作戦があることを公言。報道によると、この軍事作戦演習はすでに2010年8月以降、米軍と南朝鮮軍合同で数回にかけて実施されており、米軍の特殊ヘリなども導入された。そればかりか今年3月22日に、米軍と南朝鮮軍が「北の挑発」を想定して調印した「共同局地挑発対応計画」には、開城工業地区での「抑留事態」も含まれていることが伝えられている。
金養建書記は談話で、「民族の和解と団結、平和と統一に寄与すべき工業地区が同族対決と北侵戦争挑発の場に悪用されていることは悲劇」であり、そのような地区は「ない方がまし」だと断じた。そのうえで今後の事態の推移は、「全的に南朝鮮当局の態度次第」だと改めて指摘した。
Q. これまで開城工業地区事業はどうのように進められてきたのか?
A. 開城における北南経済協力事業は6.15北南共同宣言(2000年)を履行する過程で本格化し、2003年に工業地区の着工式が行われた。北側が軍事境界線に隣接する開城市の広大な地域に経済特区を提供したのは、共同宣言の基本理念である「わが民族同士」の具現、自主統一と平和繁栄に対する意志の表れだった。
北南経済協力の歴史的な意義を持つ同地区に入居している南企業は、繊維、機械、金属、電気、電子業種などを中心に123社。操業が開始された2004年当時、15だった入居企業は9年間で8倍に達した。「開城産第1号製品」がソウルで販売されたのは、04年12月。同地区での年間生産額は05年には1,490万6,000$だったが、12年には4億6,950万$にまで成長した。
同地区入居企業の大多数は中小企業だ。高賃金などによって経済的に苦しむ零細企業にとって、北側の安い労働力を活用できる同地区事業は「新たな希望」(連合ニュース)として映った。
6.15宣言の実践綱領である10.4宣言(07年)では、開城工業地区第2段階工事着手について言及されおり、「通行、通信、通関の問題をはじめ諸般の制度的保障措置を早急に完備」することがうたわれている。同事業の拡大計画は、北南宣言を全面否定した南の前政権によって頓挫したが、哨戒艦「天安」号沈没事件(10年3月)を「北犯行説」だとねつ造し北南間のすべての接触と交易を遮断した「5.24措置」以降も、延坪島砲撃戦(同年11月)があった時も、工業地区の操業は維持されてきた。その理由について北側は、この事業に「命脈を託している南朝鮮の零細企業を考慮」(祖国平和統一委員会スポークスマン、4日)したからだとしている。
金大中大統領時代に統一部長官を歴任した円光大学の丁世鉉総長は、開城工業地区問題が解決しなければ北側よりも南側が受ける被害は「100倍大きい」と指摘。09年、南の国会立法調査処は同地区が閉鎖された場合、投資企業など南の関連企業の被害額が1兆3600億ウォンに達すると推算した。
Q. 南社会の反応は?
A. 事態を憂慮する声だけでなく、南政府に対して「当局間対話」での問題解決を望む声が高まっている。
最大野党・民主統合党は9日、議員総会で採択した決議文で南政府に対し「対北特使派遣」を含め、条件や形式、時期と手続きにかかわらず早急に対話に臨むよう要求した。一方、同地区入居企業団体である「開城公団企業協会」も同日にアピール文を発表し、「20~30年先を見越して多大な投資を決定し入居した中小企業」が限界に瀕しているとし、対話を通じた事態の早期解決を強く訴えた。
(鄭茂憲)