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写真家・初沢亜利さん/写真集「隣人。38度線の北」出版

2012年12月27日 15:11 文化・歴史 主要ニュース

「反北感情」問い直し、親北ムードの広がりを

〝国家を超越した魂の結びつき〟

2010年4月に初訪朝し、今日まで4回にかけて朝鮮を訪れた写真家の初沢亜利さん(39)が、「隣人。38度線の北」(徳間書店)を21日に発売した。同氏は、平壌の他にも、新義州、咸興、元山、南浦、浮田、金剛山を訪れ、人々の生活ぶりなどをレンズに納めた。昨年10月には東京・銀座でこれらの写真を含む写真展を開くなど精力的に活動してきた同氏に話を聞いた。(聞き手・尹梨奈)

1973年生、フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科を卒業後、第13期写真ワークショップ・コルプスを終了。イイノ広尾スタジオを経て、写真家として活動を展開。日本や海外でも数々の個展を開く他、写真集、書籍を出版している。

-写真集が話題になっていますが、心境をお聞かせください。

日本のマスコミのせいで、多くの日本人が朝鮮を「絶対悪」として毛嫌いしてしまっているが、実際何も見ていない。何よりも「見て知る」ということが大事。この写真集を通じてお互いの距離感を埋めるきっかけとなり、政治じゃないところで、同じ生活がここにもあるんだというメッセージが伝わることを願っている。

米国や日本は「北朝鮮」に対して「絶対悪」という強迫観念にとらわれている。しかし、私自身は社会主義体制に対する嫌悪感を持っていない。むしろ日本はこんなに豊かで物が溢れているのに、なぜ年間3万人を超える自殺者が出るのかと、朝鮮の案内人に質問されることがよくあるがまさにその通りで、日本の資本主義、民主主義のシステムは今や崩壊寸前。そう考えると全面的に日本の体制が100%是で、朝鮮が非だという結論には行き当たらないし、実際「社会主義=悪」と決めつけることはできないはず。

2006年からの朝鮮に対する経済制裁は、オバマ政権にせよ安倍政権にせよ、封じ込めれば崩壊するだろうという虚構の根拠をもとに行われた。しかしそれは朝鮮にとって効果がない上、敵対感情しか生まないというまったく意味のないことをしている。

-なぜ朝鮮を訪れようと思ったのですか。

朝鮮を考えたとき、ある出来事を思いだす。

小学校4年のときに転校したクラスには、いじめられっ子のA子ちゃんという子がいた。男の子たちから「A子ちゃんは汚くてくさいから近づかないほうが良いよ」とアドバイスされた。でも気になってA子ちゃんに話しかけてみたら、たいして汚くも臭くもない。つまりA子ちゃんは臭くて汚いんじゃなくて、ある理由でいじめられっこになったからずっといじめられ続けた。だからその子がきれいになったとしてもいじめられっこでいつづけてしまう。

今回の訪朝でそういった感覚を思い出した。そしてその「A子ちゃんに話しに行く」というのが朝鮮に行くのと同じ感覚なのかもしれない。

A子ちゃんと男の子たちとの橋渡しまではできなかったけど、朝鮮に行って、日本に帰って朝鮮をどう日本に伝えるか。

A子ちゃんに話しかけたのは、正義感というよりは好奇心だった。それは朝鮮に対しても同じこと。「隣の国」だから仲良くできたら良いと思う。A子ちゃんが私に対して心を開くまで時間がかかったように、時間をかけて、一貫して筋を通して接していけば信頼関係を築くことができる。

よく言われるのは、僕自身自覚はないが、生まれがフランス・パリだから、日本と朝鮮を客観的視点から見ている部分があるのかもしれない。

写真集「隣人。38度線の北」(徳間書店。03-5403-4344。定価=2,800円+税。)

-実際訪れた朝鮮の印象は

朝鮮の撮影は、東日本大震災以降の東北地方の撮影(2011年3月12日~)と同時に行っていた。被災地ではいたるところに遺体が転がっていて、避難所では凍えるような生活がそこにあった。その中でカメラを持つということはものすごい非難の目にさらされる。そんな中で、一方では朝鮮に行ったから、ハワイかグアムかにバカンスに行くような感覚になった。現地の案内人たちに会うのも楽しみの一つだった。

4回目の訪朝(12年8月末)で元山を訪れた際、印象深い出来事があった。

ある日の夕方、現地の案内人とドライバーらで食事をしていたら、テレビに金正恩第1委員長の現地指導の映像が放映された。すると、無口で怖そうな顔のドライバーが、茶碗と箸を持ったままうれしそうな顔をして、自分の子どもの活躍を眺めているような優しい表情でその映像をじっと観ていた。それは明らかに私を意識していないような感じで、周りを見渡しても緊張感はなく、親しみを込めた視線で眺めていた。それは去年とは全く違う雰囲気だった。

-番お気に入りの写真はどれですか

選ぶのが難しいけど、やっぱり「万景峰92」号じゃないかな。非常に政治的な捉え方をされる船。在日朝鮮人にとってはあらゆる記憶と思い出が詰まった船でもある。しかし日本にとってはある種敵対する北朝鮮感情の象徴ともいえる。要するに日朝関係の一つの象徴。そのいわくつきの船をもって、「美しい」という理由でその壁を超越させたかった。

今度の写真集は、朝鮮側から見ても日本側から見ても、どこの国の誰が見ても、「いいね、きれいだね」というものにしたかった。その一言ですべてを超越できるはず。そのため、デザイン、形、紙の質や配置まですべてにこだわって完成させたかった。美しいことによって、結果として情報は伝わるけれども、それ以上にもう少し超越したところ、国民感情を越えて、時間も空間も越えて、「美しいアート」に仕上げたかった。

-写真集をどんな風に手に取ってもらいたいですか

たとえば朝鮮の子どもが映った写真。そしたらそれを見る日本の子どもと子ども同士の目が合う。その瞬間は国と国の関係ではなく、人と人との関係として、ましてや子どもであればもっと純粋に心のふれあいができる。それこそ、国家を超越した魂の結びつきがそこに存在することになる。

これで親北ムードが広がればうれしい。最大の目標地点は、ありえないくらい大きな目標かもしれないけど、より多くの日本の人に見てもらうことによって、この10年間の「反北感情って何だったんだろう」っていうのを問い直し、それが大きな世論となり、それが対話に動いていくという流れになれば。最終的には北東アジアの平和において有益な方向に動くことを願っている。

(朝鮮新報)

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