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「朝鮮戦争は内戦であり革命戦争」/ブルース・カミングス「朝鮮戦争の起源」を読む

鄭敬謨・林哲・山岡由美訳、待望の全訳本刊行

待望の全訳本が、この4月に出た。原書The Origins of the Korean Warの第1巻は1981年に出版され、シアレヒム社から2冊の日本語版として出版されたのは1989年及び1990年であったが、1990年に出版された原書第2巻の日本語版の刊行が大幅に遅れていたのである。今回の全訳本は、第1巻の旧訳を一部修正して新たに1冊としてまとめ、第2巻を2冊にして出版したものである。二段組みの1,640頁に及ぶ大著である。

 朝鮮現代史研究の分野に大きな影響

全2巻3冊、明石書店、各7,000円+税。TEL. 03-5818-1171

従来の朝鮮戦争研究では、米ソを中心にした国際政治学からのアプローチや、1950年6月の開戦責任論に焦点を合わせたものが多く出されたが、本書によって、朝鮮戦争研究は新たな地平が開かれた。訳者の林哲(津田塾大学)は、本書の特徴として次のような点を挙げている。①検討対象について時間軸と空間軸の幅を長く広く深く設定していること。つまり、朝鮮の植民地時代に遡って歴史的文脈の中に南北分断政権の背景と立場を辿り、第二次世界大戦前後の当時の国際情勢という文脈において米ソの戦後政策を検討したことである。②米軍政下の人民委員会運動について、中央レベルはいうまでもなく各地方のレベルまで下がって詳細に分析したこと、③米軍政下で起こった重大事件、済州島4.3事件、麗水・順天事件、パルチザン闘争の諸相を初めて具体的に明らかにしたこと、④米軍側の資料など当時入手可能であった最大限の一次資料から普通の民衆の歴史経験や思考方式を読み解こうとする方法に立っていること、などである。

著者のブルース・カミングスは、このような歴史の発見の結果得られた答えは、朝鮮戦争は1950年6月に突如始まったのではなく、「日本の植民地主義帝国の崩壊を起源とし、国家を統一し変革していくための内戦であり革命戦争だった」(本書2-下)として、朝鮮半島を分断し、植民地期の協力者を復活させたことによって内戦を余儀なくさせた米国こそ責任を負うべきであると論じた。カミングスの視点は、朝鮮現代史研究の分野に大きな影響を与えた。特に民主化運動の一環として、現代史の研究を行っていた南朝鮮の在野の研究者らにきわめて高く評価された。

冷戦終結後に旧ソ連や中国の資料が公開されるようになり、それに基づいた和田春樹、朴明林などの研究で開戦責任に関するカミングスの説は批判されるが、議論は必ずしもかみ合っているとは言い難い。朝鮮戦争を米ソの分割占領および戦争勃発以前の革命的ナショナリズムとそれを封じ込める帝国主義勢力との対立の延長、もしくは終着点としてとらえるべきという問題提起は、依然として有効である。

伝統的な冷戦史研究とは異なる「修正主義」の立場

カミングスは、1967年から68年に徴兵を忌避して平和部隊に参加し、南朝鮮で英語教師として働いた経験もある。そのような信念と実際の体験から研究生活に入り、本書に関する「構想が形づくられたのは、米国でベトナム戦争をめぐっての対立が激化し、それがアジア問題の研究と政治学の分野にまで拡まっていた時」であった。彼は「憂慮するアジア学者委員会」のメンバーとして、またその後『憂慮するアジア学者会報』の編集委員として、当時の論争に重要な役割を果たしている。カミングスは、現在の米国の歴史学界において、米ソの役割を強調する伝統的な冷戦史研究とは異なり、米国の責任を追及する知的流れを指す「修正主義」の立場を代表する人物として知られている。本書の第1巻はアメリカ歴史学会よりジョン・キング・フェアバンク賞、トルーマン大統領ライブラリーよりハリー・トルーマン賞を受賞している。

カミングスが初めて朝鮮を訪問したのは1981年のことで、「当時の北朝鮮の発展ぶりや平壌の美しさ、また全般的に健康で活気に満ちた人々の様子などが印象に残っている」と記している。「北朝鮮とアメリカ、確執の半世紀」(明石書店、2004年刊。原書2003年刊)の「北朝鮮の日常生活」の章では、そうした雰囲気を再現することを試みている。もちろんその体験は1990年代の「苦難の行軍」以前の時期のことではあるが、その後も、「朝鮮戦争は内戦であったとの考えは変わらない。しかし、どちらが攻めたのかが重要な問題ではない。ただ、米国人としての責任を感じる」と述べたように、解放後から現在に至るまでの米朝間の長い確執を学問的に検討し、政治的にも米国政府に米朝関係正常化への政策転換を促している。

解放前後史の歴史像―人民委員会運動を軸に

評者が本書のなかで最も感銘を受けたのは人民委員会と朝鮮人民共和国に関する叙述である。これまで南北朝鮮いずれにおいても、解放直後を混乱期として捉えて、人民委員会、朝鮮人民共和国を軽視し低い評価がなされてきたが、本書で初めて各地の人民委員会、朝鮮人民共和国の具体相を明らかにしたことによって、従来の評価は再考を迫られることになった。

本書に導かれて、解放前後史の歴史像を次のように描くことができると思う。郡総数の半分以上に置かれた人民委員会は、民衆が直接政治に参与した朝鮮史上空前絶後のものであり、植民地期の新幹会支部、さらにはそれ以後の諸運動と地域的、人的につながっていた。朝鮮人民共和国樹立の宣言は、米軍の進駐が今明日に迫っている中で、万やむをえない「非常措置」としてとられたが、それは人民委員会の力の上につくりだされたのであり、その意図は緊急に朝鮮民族の自主的な建国を表明することにあった。人民共和国の閣僚名簿は左右両陣営による連合政権を表明したものであり、政綱と施政方針は、帝国主義の残滓と封建主義の清算に狙いを定めた人民民主主義革命の理想を表出したものである。もし米軍政庁の弾圧がなかったとすれば、それこそ、数カ月を出ずして朝鮮半島全域において勝利を占めたことであろう。南朝鮮パルチザン闘争の目標は人民委員会を再建することであった。当時、朝鮮全域はもちろん在日朝鮮人も人民共和国を支持した。48年朝鮮民主主義人民共和国の創建は植民地期の独立運動から解放後の人民委員会運動が結実したものである。つまり、人民委員会運動を軸にした解放前後史の歴史像の構築が可能であり、その評価こそ解放前後史の問題を考える上で本質的な要素となるのである。

最後に、カミングスは日本語版への序文で「本書の翻訳に関してはいかなる言語であれ、この日本語版が私が承認を与えた唯一のものである。ほかに朝鮮語のものがいくつか出回っているが、英語の本文に忠実であり、原書に即していると読者が信頼しうるのは、この日本語版のみである」と記しているように、原書の難しい文章が、大変読みやすい日本語に翻訳されており、専門用語や参考文献なども入念に点検されている。本書の日本語版が刊行されたことにより、本書の意味・重要性が読者を通じてより増していくであろう。著者および訳者に敬意を表しつつ、日本語版の上梓を心から喜びたい。

(康成銀、朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長)