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〈生涯現役〉李炳潤さん(84)(下)

朝鮮の機械工業化に勇気を得て

「同胞たちを助けないと」

李さんは7人姉弟の長男。町まで12㎞を歩いて買い物に行くという不便な生活だったが、幼心にはスキーやソリを滑った記憶が微かに残る。

農場といっても、何百町歩の荒地や山林を朝鮮人の力で開墾したものだ。道具はクワ、ナタ、ノコだけ。機械類、車もない。馬車で町から人を運んできた。何年か過ぎて、父が馬を買った。主食は米、麦、粟、豆(米は2割)。いろいろな種類のキムチが食卓を飾っていた。敗戦前は食糧難。小学校4年生になった頃、隣家に米を借りに行かされたが、その人はさっと貸してくれたという。

「『北の国から』というテレビドラマがあったが、私らがいたときは、ラベンダーもなけりゃ、何にもない。そんな悠長な話はない。イモを1個でも多く植えて、食べるということが当時の生活だったから」

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