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同胞の恩を胸に、「全国選抜大会」優勝の大阪朝高・李健太選手

既報のとおりボクシング全日選抜大会に優勝した大阪朝鮮高級学校ボクシング部の、李健太選手(ライト級、1年)。晴れ舞台を迎えるまでには、李選手が育った大阪をはじめ、日本各地の同胞、多くの人々の愛と思いやりが寄せられた。「どこにいても同胞が応援してくれている」という事実が李選手の心に大きな勇気を与えたという。

優勝を記念し、応援に駆けつけた茨城青商会、朝青、恩師らと記念撮影

多くの人に支えられ

選抜大会の最終日。試合会場には、茨城県下の青商会メンバー、朝青員をはじめとした多くの同胞たちの姿があった。同胞たちは李選手が2分20秒でRSC勝利を収めた初戦から決勝戦までの全試合を見守ってきた。茨城朝鮮初中高級学校にボクシング部はないが、みな地方からやってきた「ウリ朝高生」を力強く応援したいという一心で駆けつけたという。

県青商会の尹志慶会長(40)は「ボクサーは孤独。だが朝高生の周りにはどこにいても同胞がいるということを伝えたかった。とくに大阪朝高生は大阪市長らによる嫌がらせを受けているので励ましてあげたかった。結果、素晴らしい試合を見せてもらい、茨城の同胞たちはかえって力をもらった。選手ががんばれば、日本各地の同胞への吉報となる。健太トンムはこれからも上手いボクサーになって、朝鮮人すべての『プライド』になってほしい」と述べた。

李選手の応援席には元WBC世界バンタム級チャンピオンである薬師寺保栄氏の姿もあった。今回薬師寺氏は、在日本朝鮮人ボクシング協会の姜明求相談役が薬師寺氏が経営する「薬師寺ボクシングジム」(愛知県)の後援会長でもあるという縁もあり、朝高生の応援にかけつけた。

薬師寺氏は試合ごとに李選手に激励の言葉を送った。また準決勝と決勝戦前には手紙を送り的確なアドバイスを記した。薬師寺氏は李選手について、「どの試合も粘り強かった。ボクサーはファイトが大事だ。彼(李健太選手)は最後まで試合をあきらめず、粘り強く戦った。がんばろうという気持ちとファイトがあったから試合に勝てた。今後の活躍に期待している」と話した。

李選手は初対面の同胞や元世界王者の応援に勇気と力をもらい、優勝することができたと話していた。

地域が育てたボクサー

 

健太選手の優勝を祝賀する梁学哲会長と茨城県青商会をはじめとした同胞、近畿ブロックの日本高校生徒たち

李健太選手は、中級部1年生の頃に大阪・生野西地域青商会のボクシング教室「拳青会」(2008年6月5日開講)に入門, ボクシングと出会った。バレーボールの部活動でヘトヘトになりがらも、毎週「拳青会」の練習に足を運んだ。

「辛い練習の日々だった」が、ボクシングの魅力と同胞の温かさを感じることができた大切な期間だったと李選手は振り返る。高級部進学と同時に、迷わずボクシング部のドアを叩いた。

「健太、何をしているんだ! 打ちにいかないと勝つことはできないぞ!!」

選抜大会の決勝戦。リング付近と観客席を隔てるネットを握り締めながら在日本朝鮮人ボクシング協会の梁学哲会長の怒号が響いていた。

梁会長は「拳青会」で李健太選手の成長を見てきた。李選手の良いところ、悪いところをすべてを知っている梁会長は、試合中、のどを枯らしながらも李選手に声援を送り続けた。李選手は「拳青会」で梁会長のみならず、多くの大阪同胞たちから指導を受けて育った。梁会長も宋世博・大阪朝高監督も「健太は大阪の地域同胞が育てた選手」と口を揃える。

応援に駆けつけた李選手の母親である李康正さん(53、大阪市在住)の携帯電話には試合後、「拳青会」をはじめとする多くの同胞、学父母たちから「おめでとう」のメッセージが寄せられた。李康正さんは地域同胞から祝いの電話、メールを受け取る度に目を潤ませていた。

李選手は「自分が勝てたのは、今日まで自分を育ててくれた大阪の同胞、またこうやって応援してくれる各地の多くの人々がいたから。今後はもっと練習を積んで同胞たちの期待に応えたい」と、決意を新たにした。