高麗中期、太平の世が長く続き宴会に明けくれる貴族たちに武臣や民衆の不満は溜まる一方であった。西京(平壌)を拠点に起きた妙清の乱(1135)、文人の横暴に業を煮やした武人・鄭仲夫の乱(1170)、続いて武臣同士の争いが相次ぎ王権は衰退した。
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