Facebook

SNSで共有

〈朝鮮民族の美 19〉粉青沙器 白地鉄絵魚文瓶(16世紀)

高麗末期、王朝は官窯であった全羅道康津の磁器所を支えきれず、1370年代には解体してしまう。陶工たちは生活の道を求めて全国に散って、習い覚えた高麗青磁を作ってきた手法によって、陶磁器製作のための良質の胎土を探し出し、釉薬も自ら工夫して作り出して、各地の人々が要求する食器や生活必需品を生産していくのである。

*************************************

※この続きは会員になれば閲覧できるようになります。

 会員の方は、右か下にある「ログイン」項目にてログインしてください。

 会員登録ご希望の方は、「新規会員登録」にてご登録をお願いします。

 大変申し訳ございませんが、2013年4月20日までに会員登録をしていただいた方も、再度ご登録をお願いいたします。

 パスワードを忘れた場合、「会員パスワード紛失窓口フォーム」をご覧ください。

*************************************

로그인(ログイン)