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〈取材ノート〉涙の演奏会

2012年1月1日、平壌の牡丹峰劇場で行われた国立交響楽団による迎春公演。

例年ならば新年の抱負を胸に国内最高峰の調べに聴き惚れる場だ。しかし今年は、とめどなくあふれ出る涙の中に、それを聴いた。総書記を偲ぶ楽曲を奏でながら、演奏者も泣いた。指揮者すらも涙の中にタクトを振った。

取材ノート昨年12月19日の「重大報道」が、人々に与えた悲しみは計り知れない。哀悼期間、各地に設けられた弔意式場には、身を切るような寒風が吹き荒れる中でも、途切れることなく弔問の列が続いた。

28日の永訣式。雪が降り積もる大地を叩き、働哭し、込み上げる感情を抑えられず、霊柩車に走り寄る人たち。

日本の朝鮮問題「専門家」なる人たちは、その姿を「やらせ」や「演出」として解説したが、そんな陳腐な言葉は、この国のどこにも見当たらない。涙に暮れた12月の実体験者として断言できる。

建国の父を失い、社会主義陣営の崩壊によって国際情勢が急変し、度重なる自然災害が降りかかった90年代。「苦難の行軍」と呼ばれる経済苦境を乗り越え、復興の土台を一歩ずつ刻んできた2000年代。そして「強盛国家」の扉を開く年と定めた12年を、大きな転換期として、希望の中で迎えるはずだった。

涙の演奏会。人々の脳裏を走馬灯のように駆け巡ったのは、比類なきリーダーシップで国を導いた総書記の姿であり、そして、指導者を信じ苦楽を共に歩んできた自分たちの姿だったのかもしれない。

総書記が描いた12年構想の実を結ぶ。悲しみの新年に誓った決意は固い。(茂)