前回の記事が本紙に掲載された後、ある読者から金史良の経歴について次のような情報提供をいただいた。提供者は3年ほど前に朝鮮を訪問した際、2000年の6.15共同宣言以後に作成された人民軍関係の資料を目にする機会を得たという。そしてそこに朝鮮戦争時に消息不明となったとされていた金史良のその後についての記述があり、金史良は南朝鮮の地でパルチザンに加わり戦闘に参加していたとのことだ。
朝鮮戦争が始まるや、まもなく従軍作家として朝鮮人民軍と共に南下し、「海が見える」などのルポルタージュを書いた金史良は、人民軍が後退する際、持病の心臓病がもとで江原道原州付近で落伍し消息を絶ったため、そのまま死亡したものと判断され、それが今日まで文学史上の定説であった。
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