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〈続・朝鮮史を駆け抜けた女性たち 17〉夫を真の学問に導く/韓氏

「妻は師であり友だった」

韓氏の夫-宋能相

韓氏(イメージ、アン・ヨノク画)

韓氏(イメージ、アン・ヨノク画)

宋能相(字は士能、号は雲坪、1710~1758)は朝鮮朝後期の性理学者であり、宋時烈(1607~1689、朝鮮朝中期の文臣、学者)の玄孫である。仕官に興味はなく、学問に専念、20歳前後にはすでに大学者として名声を得る。1740年に業績を認められ世子侍講院諮議(世継ぎの王子の教師)に、以降掌令(法務省と人事院を合わせたような機関である司憲部の構成要員の呼称)、掌樂院正(宮中の音楽、舞踊をすべて管理した官庁の筆頭)を歴任。晩年は職を辞し、妙香山に入り学問と研究に余生を送った。「周易」に明るく、とくに禮學に造詣が深かった。著述に「雲坪集」がある。

上記のように、韓氏の夫-宋能相については最小限であっても百科事典に記載があり、その著書が今に伝わる。仕官に興味がなく、科挙を受けずに王子の教師に望まれたということは、その学識の高さを想像できる。

だが、このように立派な学者であった宋能相は、妻―韓氏のことを「師」と呼んだのである。

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