
日立鉱山の入口
JR常磐線の電車が日立駅に近づくと、多賀山地に日立のシンボルとなっている日立鉱山(茨城県日立市宮田)の大煙突が見える。
日立鉱山は古くは赤沢銅山と呼ばれ、その開発は1591年と古い。一時中止されたが明治になって再開。日露戦争後に久原房之助が買い取って日立鉱山に改称した。第1次世界大戦を機に飛躍的に成長を遂げ、小坂(秋田県)、足尾(栃木県)、別子(愛媛県)とならぶ、4大銅山の一つになった。また、1931年の満州事変で軍需産業が活況となり、さらに日中戦争の勃発で、戦局が激しくなるに従って、戦場での武器弾薬などの軍需品がいっそう必要となり軍需生産が急がれた。
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