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〈遺骨は叫ぶ 28〉山形・永松鉱山

2009年08月03日 00:00 歴史

騙して連行、強制貯金の名で未払い 山菜採りで空腹しのいだ労働者たち

ズリや精錬所が山の中に残る永松鉱山

ズリや精錬所が山の中に残る永松鉱山

山形県の大蔵村から寒河江市に通じ国道458号は、いまでも冬期間の約7カ月間は交通が閉鎖になる。丈余の雪に覆われるからだ。海抜が870メートルの十分一峠はその昔、永松鉱山に入る商人から売値の10分の1の税を取ったところだ。その峠から悪路を鉱山川に下ると、旧永松鉱山の精錬所や沈殿槽などの跡が残っている。廃墟のあとから強制連行された朝鮮人たちの声を聞くのは難しい。

松永鉱山は、慶長期に地元の人が発見したとも伝わり、元禄期には、3千人もの人たちがこの谷に住み銅を掘ったという。だが、その後は衰弱し、小規模な稼業を続けた。しかし、1891年に隣接する幸生鉱山を経営していた古川鉱業の手に移り、精錬所や選鉱場が次々とつくられ、近代的な鉱山に生まれ変わった。

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