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〈人物で見る朝鮮科学史 56〉測雨器と気象学(5)

朝鮮の測雨器と和田雄治

和田が発掘した「風雲記」の一部

和田が発掘した「風雲記」の一部

今から約50年前、世宗時代の測雨台を発見した研究者は日本科学史学会誌に「李朝時代の降雨量測定法」という論文を発表した。その人にとっても最初の研究論文であったが、それは朝鮮科学史研究においても記念すべき論文であった。というのも、その研究者こそ朝鮮科学史研究の第一人者である全相運先生、その人であったからである。

ただし、この論文が測雨器に関する最初のものかというとそうではなく、さらに50年をさかのぼる1910年、「韓国観測所学術報文」に掲載された「世宗・英祖両朝の測雨器」がそれである。そこには測雨器がイタリアのカステリーよりも早く製作された世界最初の雨量計であり、世宗時代に観測制度が確立し、その後、英祖時代に復活したことが書かれている。まさに、今日の測雨器に関する基本理解はこの論文に始まるが、論文はフランス語でも掲載されており、西欧への測雨器の最初の紹介でもあった。執筆者は朝鮮総督府観測所・所長を務めていた和田雄治であるが、彼こそ現存する唯一の「錦営測雨器」を日本に持ち込んだ人物なのである。

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