
小滝坑の入口は固く閉じられている
日本の公害の原点と言われる栃木県の古川鉱業足尾鉱業所(現日光市足尾町)は、閉山して35年の歳月を経た今も、精錬所の煙害などで荒廃した風景に息を呑む。日本のグランドキャニオンと呼ばれる松木渓谷は、一木一草もない地肌を露出させている。銅山の被害に苦しむ、農民の惨状を訴えた田中正造などの運動はいまでも知られている。だが、足尾銅山に強制連行され、犠牲になった朝鮮人、中国人のことは知られていない。
足尾銅山は、1610年に2人の農民が、備前楯山で銅鉱を発見し、幕府の直山となった。1877年に古河市兵衛の経営となり、銅山や銅精錬事業に入れて、精錬所が新設された。
このころから精錬所から出る鉛害が農民を苦しめ、渡良瀬川の鉱毒問題で、田中正造代議士が帝国議会で抗議の質問を行った。
*************************************
※この続きは会員になれば閲覧できるようになります。
会員の方は、右か下にある「ログイン」項目にてログインしてください。
会員登録ご希望の方は、「新規会員登録」にてご登録をお願いします。
大変申し訳ございませんが、2013年4月20日までに会員登録をしていただいた方も、再度ご登録をお願いいたします。
パスワードを忘れた場合、「会員パスワード紛失窓口フォーム」をご覧ください。
*************************************