「女に学問はいらない」-日帝時代の朝鮮で生まれた女性は、性差別の部厚い壁の前で、どれほど悔し涙を流したであろうか。
今月81歳になる女性同盟東京本部顧問・康鳳日さんも、少女時代から学問をしたい、世の中に出て自分の能力をためしてみたい、男女同権を実現したい、そんなほとばしりでる思いを抱きつづけて生きてきた。
1926年、済州島西帰浦の貧農の家に生まれた康さんを、幼い頃から縛ってやまなかった封建的な「家」の秩序。7人兄弟の次男であった父は、家長の兄のいいつけに逆らえず、ましてや娘を書堂(寺小屋)に通わせることなど「あるまじき所行」であった。
書堂に通ったのは、満6歳を迎えた叔父の長男で、康さんの2つ年下の従兄弟だった。「書堂から従兄弟が帰ってくると習った千字文や漢文を祖父の前で反復させられた。その時、一緒にそらんじるのだが、私がすぐ覚えてしまうので、祖父が『この娘が男の子だったらいいのに』といつもため息をもらしていたのをよく覚えている」。
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