朝鮮は医学先進国であった。
刊行された医学書は、200種類にも及ぶ。その最高峰の医書が「東医宝鑑」で許浚という国王の主治医が著した(1613年)。徳川吉宗は、この書物を生涯の座右の書の一つとし、日本語訳のために日本の学者たちを動員している。「東医宝鑑」は清の皇帝もこれを取り寄せて出版しているほどの名著である。
江戸では、朝鮮の医書が大いに研究された。宇喜多秀家らが朝鮮から持ってきた医書は54種138冊にもなる。その後に朝鮮医書の名著「医方類聚」(365巻)、「東医宝鑑」(25巻)などが出版される。
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