「光陰矢のごとし」。齢80の峠を越えた今、走馬灯のように脳裏をよぎるのは、故郷・済州島旧厳里の佇まいである。前方には温かな陽光を受けてキラキラと波打つ朝鮮南海が広がり、後方には、漢拏山の秀麗な山容が目を潤してくれる。
1926年12月30日、日本の植民地支配が絶頂期を迎える頃、宋斗満さんは、7人兄妹の次男として、誕生した。暮らしは貧しかったが、実直な父のおかげで、6歳で書堂に上がり、「千字文」を学び、「論語」や「孔子論」「孟子論」などの勉学に勤しんだ。日本の皇民化教育が浸透すると、村の旧厳公立尋常小学校に6年間通うようになった。
「全校生徒が集まり、宮城遥拝し、校長が教育勅語を読み上げる。徹底的に暗誦させられて、70年たったいまでも、その言葉が耳に染みついている」と宋さんは苦笑する。
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