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〈人物で見る朝鮮科学史 23〉新羅の科学文化(5)

古代オリエントとの交渉か

天馬塚金冠 新羅5~6世紀(高さ32.5センチ)

天馬塚金冠 新羅5~6世紀(高さ32.5センチ)

高句麗、百済との三国中でもっとも最後に興った新羅が、唐の援助を受けたとはいえ、その二国を滅ぼすことができたのは、それだけ国力をつけたということである。その契機となったのは洛東江沿岸の伽耶諸国を自国の領土としたことであるが、この地方は鉄の生産地でもあり、新羅もそれを手に入れることによって国力を充実させていったのである。

古代史における青銅器、鉄器などの金属加工技術の重要性についてはこれまでも強調してきたが、「日本書紀」に「金、銀、多わなる眼炎く国」と記された新羅に関しては貴金属加工技術についても触れなければならないだろう。なかでも、天馬塚、皇南大塚、金冠塚などの古墳から出土した華麗な金冠や金装飾品などは名高く、図鑑などで見たことがある人も多いのではないだろうか(ちなみに、それらの古墳は慶州瞻星台の北側に広がる「大陵苑」という公園のなかにある)。

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