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〈続・朝鮮近代史の中の苦闘する女性たち 14〉朝鮮女子義勇軍・朴次貞

朴次貞は、「民族解放こそ女性解放」を信念に朝鮮女子義勇軍を組織し、日本軍と戦うなか崑崙山の戦闘で負傷し散った独立運動家である。

次貞は国を奪われた1910年、慶尚南道東莢で生まれた。父は日本の植民地支配に抗議して、3.1独立運動の直前に1枚の遺書を残して自決したという。姉は早くに嫁いだが27歳で病死したため2人の兄、文火喜、文昊と弟文夏の4人兄弟となった。寡婦となった母は針仕事で生計を立てていたが、喪服や礼服など夜を徹する仕事で帰れぬときなどは、次貞が幼い弟の面倒を見ながら寒い部屋で身を丸めて寝たという。

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