1930年代にプロレタリア詩人として活躍した郡山弘史は、仙台の東北学院英文科を卒業したのち、1924年から28年まで京城府立第一普通高等学校の教師を務めたことがある。その間に「京城詩話会」を結成して詩を書き始め、プロレタリア詩人会に加わってナップでも活躍し、26年に生前唯一の詩集「歪める月」を出した。敗戦後は仙台で民主的文学運動にたずさわった。弘史は在朝鮮の体験から「ちある・か・しよ」「くるとうく」「京城駅」と題する三篇の詩を残した。
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