李貞淑は、純獻皇貴妃・嚴氏(英親王、李垠の母)のあと押しで明新女学校(後に淑明女学校)を創立し、開化期最初の女性校長として活躍した女性である。
1858年、名門全州李氏、定宗大王の庶子、宣城君の子孫として京畿道で生まれた彼女は、6歳で父を亡くし、厳しい継母のもとで辛い思いをしながら育った。
しかし、生まれながらの聡明さと穏和な性格は、大きくなるにつれ美ぼうと徳性を備え人目を引いたという。
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