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〈人物で見る朝鮮科学史 5〉古朝鮮から高句麗へ(上)

高句麗壁画古墳に描かれた騎馬軍団(安岳3号墳)

高句麗壁画古墳に描かれた騎馬軍団(安岳3号墳)

中国古代の知識人は、東方に住む異民族を「東夷」と呼んだ。夷という漢字は、「大きい弓」という意味であり、その民族は強力な軍事力を持っていたことが窺える。他方、「くろがね」を意味する「銕」にも、夷という字が用いられており、優れた鉄器文化を誇っていたのではという推測も成り立つ。この東夷こそ古朝鮮であり、またその文化を受け継いだ高句麗である。

前回、青銅器について述べたが、青銅器に続いて人間が得た金属が鉄である。金属加工技術の起源については、鉱石の上で火を熾したり、山火事によって鉱石が溶けて金属を得たという「自然冶金説」が有力視されている。銅と錫の合金である青銅も、最初はその両方を含む鉱石が溶けて得られたというわけである。他方、鉄に関しては地球に落ちた隕石の鉄を最初に採取したとする「隕鉄起源説」がある。隕鉄を知った古代人たちは黒光りする鉱石を溶かして鉄を得たのである。それを再び溶かして型に入れたのが鋳鉄、熱して叩いたものが鍛鉄である。また、それらを繰り返すと炭素が2%以下の鋼鉄となる。

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