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〈日本政府の大罪・遺骨は語る 12〉愛媛・別子銅山

日本の三大銅山の一つである別子銅山は、かつて世界一の産銅量を誇った。四国随一の工業都市、愛媛県新居浜市の発展に貢献するとともに、住友グループの諸事業の礎を成した。

太平洋戦争中には、日本政府の軍需物資増産の方針に従い、各地から鉱夫を集めてきた。

その中には、北海道の住友鴻之舞金鉱で働かされていた朝鮮人244人とその家族数十人も含まれていた。

彼らは、1941年から42年にかけて忠清道から連れてこられた人たちだ。43年に別子行きを命じられた。

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