1943年10月、小学校を卒業した私は、日本人が15~18歳までの青少年労働者を募集する「広告」を平壌で見かけた。そこには、「待遇もよくさまざまな面で優待される。専門技術を身につけ、1年後には朝鮮に帰ってこられる」と書かれていて、私を含む62人の少年たちが富山県に渡った。
私たちは、アルミニウム精錬工場(軍需工場)である昭和電工株式会社に連れて行かれ、翌日には「入所式」が開かれた。私たちの前には、警察官や憲兵、工場の幹部らしき日本人が並んで座っていた。そのうちの工場の幹部らしき日本人が、「お前たちは今日から県人徴用令によってここで働かなければならず、逃亡を企てた場合は軍法にしたがって厳罰に処す」と言った。その時になって私たちは騙されたことに気づいた。
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